女性が「産みたい」と思える環境を。 産前産後に寄り添う「ドゥーラ」の役割から伝えたいこと|ドゥーラ研究者 福澤利江子さんvol.1

世界では、2018年にWHO(世界保健機関)が発表したガイドライン「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」をもとに、女性一人ひとりの想いや権利を尊重した出産ケアが注目されています。 また、コロナ禍の現在、女性の妊娠、出産を取り巻く環境にも影響が出ています。日本では感染対策のため、産院で出産の付き添いや面会を制限する動きが広がり、医療者との接触時間も減る中で、不安を抱えながら産む女性が少なくありません。

今回、筑波大学 医学医療系 助教であり、助産師であり、女性の出産と産後を支える「ドゥーラ」の研究者でもある福澤利江子さんに、「ドゥーラ」の役割と、ポジティブな出産体験のために必要なケアについてお話をうかがいました。

お産に付き添い、寄り添う「ドゥーラ」

界外:福澤さんは長年、「ドゥーラ」について研究されています。日本ではまだ知らない方も多いかもしれません。「ドゥーラ」とは一体何でしょうか?

福澤さん(以下、敬称略):お産の時に付き添う人のことを「ドゥーラ」と呼びます。分娩の時に初対面では戸惑うことも多いので、できるだけ妊娠中からお互いの関係を育み、お産に臨むことが多いようです。産科施設から自宅に帰った後も、赤ちゃんのお世話や授乳の相談、兄妹のお世話など様々なニーズが出てくるので、そういった産後ケアもします。分娩介助や医療行為はしませんが、出産中を中心に妊娠中から産後までの期間、1対1で継続的に女性を支えるのが「ドゥーラ」です。

「ドゥーラ」のような役割を担う人は昔から世界中どこにでもいたそうですが、1970年代にアメリカの人類学者Dana Raphael(ダナ・ラファエル)博士が初めて「ドゥーラ」(ギリシャ語で「女性に仕える人」の意味)と名付けました。ラファエル先生はもともと母乳育児の成功の秘訣に興味があり、世界中を調査した結果、母乳育児を成功させるには子育てについて教えたりお世話をする人が必要だということを発見したんです。その後、アメリカの小児科医たちがその考えを出産中のケアに取り入れ、優れた研究が進み、エビデンスが発達しました。そうやって、古くからの慣習と女性のニーズと科学的根拠が後押しし、安産の秘訣として「ドゥーラ」が広まりました。

そこから、「ドゥーラといえばお産に付き添う人」と世界中で認識されるようになりました。日本では産後の「ドゥーラ」から始まったので、「ドゥーラ」といえば「産後ドゥーラ」を思い浮かべる人が多いかもしれません。

ドゥーラは、産婦さんにとって
最も信頼できる人であることが大切

界外:日本では、産後ドゥーラが広がる前から、もともと「ドゥーラ」のような人はいたのでしょうか。どんな人が「ドゥーラ」だったのですか?

福澤:日本でももちろんいました。一番近いのは、実母かもしれません。「ドゥーラ」は「マザーリング・ザ・マザー」とも呼ばれていて、かつて「ドゥーラ」は「母親の母親」のような存在でした。日本では里帰り出産の習慣があり、お産の時に自分の母親を頼る文化が昔からありますよね。

ただ、実の母親といっても、中には複雑な母子関係もあるので、誰もが実母に頼れるとは限りません。実母の他に「ドゥーラ」になる可能性が高いのはパートナー(夫)です。ところが、夫にも、頼りがいのある人や産婦さんよりもオロオロしてしまう人など、いろんな人がいますよね。つまり、誰が「ドゥーラ」になるかは、個人差や相性によるため、産婦さんが自分で決めることが重要だと言われています。実母、夫、友人、同僚、親戚、雇われたドゥーラなど、誰でもドゥーラになることができますが、産婦さんが一番安心できると感じられる人を選ぶことが大事です。

日本でも、「産後ドゥーラ」のようにドゥーラを職業としている人もいます。「産後ドゥーラ」は基本的に産褥期の母親と赤ちゃんのお世話をする人のことを言いますが、こちらも産後の大変な時期に「はじめまして」では戸惑うことが多いので、妊娠中から打ち合わせをしておくことも多いようです。日本で産後ドゥーラのことを知っている妊婦さんの多くは「産後の生活をできるだけ落ち着いて乗り切りたい」という想いがある人だと思います。だから自分に合った産後ドゥーラを選びたいし、産後ドゥーラ自身も満足してもらえるお世話をしたいと望み、妊娠中から会って、お互いの信頼関係をつくっていくのでしょうね。

出産で助かった命。
力強く、幸せに生き延びてほしい

界外:日本も、昔は今より出産による母子の死亡率が高かったと思います。現在は高度な医療も発達し、日本の周産期死亡率は世界でも極めて低くなっています。そして、「出産で死なない」ことから、「満足できる出産体験」を大事にする方向へと変化してきたのですね。

福澤:先日、マタニティ・コーディネーターでお産の研究家でもある、きくちさかえさんの勉強会に参加する機会があり、新しくお母さんになる女性の死因についての解釈がとても印象的でした。妊産婦さんが出産で亡くなる一番の原因は、出血によるものです。それを改善するために医療者は懸命に取り組んでおり、死亡率は確かにずっと低くなりました。ところが、せっかく出産を無事に乗り切ったはずの母親が産後うつなどで産後に自ら死を選ぶケースが、出血で亡くなる数よりも多くなっているそうです。救命に努めても、自殺で命を失ってしまうとしたら、医療者は何のために頑張っているのか、妊娠・出産・産後のケアにかかわる医療者の役割とは何なのだろうと考えさせられました。

産後うつによる自殺の要因は、ホルモンバランスの悪化のほか、先進国や都市部では核家族化が進んだことによる母子の孤独が挙げられます。一方で、途上国など助け合いの風土がある社会では「産後うつなんてほとんどない」というところもあると聞いたこともあります。

界外:日本で産後うつによる自殺が多いのは、社会の助け合いが少ないということなのでしょうか。

福澤:日本人の場合は、家庭のことなど、プライベートなことに口を出すことに遠慮してしまう風潮があると思います。困っている人も弱音を言えなかったり、助けを求めたら迷惑をかけるんじゃないかと思い込んで遠慮したり。助け下手、助けられ下手なのかもしれません。また「まさか私が精神的な病になんてなるはずがない」といった精神疾患に対する偏見や先入観もあると思います。

その上、夫も仕事で忙しい。今は男性の育休率が上がっていますが、まだまだ家族の中で助けてくれる人が少ないから、お母さんが一人で頑張らないといけない状況が多いのだと思います。

2週間健診など、広がる産後ケア。
女性が安心できる環境づくりが大事

界外:日本では、孤独感や産後うつなどに苦しむ女性が手を差し伸べられにくい、という課題を背景に、産後ドゥーラのような産後の女性を支える存在が広まっていったのでしょうか。

福澤:2012年に一般社団法人ドゥーラ協会が設立されました。あの頃は、産後うつによる自殺のニュースが続いていました。特に東京で起こることが多く、ドゥーラ協会が東京で始まったのも都市化が関係あるのかもしれません。その頃から、産後ケアが日本各地で急速に広まったように見えます。

界外:「産後ケア」という言葉がやっと世の中に認知され始めた時期だったと言えるかもしれません。それまでは妊娠中や出産中にはケアが必要だと思われていても、産んだ後の女性にはケアが必要だと思われていなかった気がします。

福澤:産後数日~1週間の入院中は、病院で24時間ケアしてもらえるけれど、退院後、自宅に帰ったら一人ぼっちになってしまいます。そして、一か月健診が終わったら、赤ちゃんは小児科で診てもらいますが、産後のお母さんの心身の健康のことはノータッチになることが多いですよね。

でも今は、2週間健診に熱心に取り組む自治体が増えてきたようです。母子保健法の改正も関係していると思いますが、草の根だけでなくトップダウンで産後ケアを充実させる動きがありますね。

産後1か月頃までは、お母さんは気になることがあれば出産した施設に気軽に相談することをおすすめします。病院への相談事の多くは母乳外来や赤ちゃんのことなのですが、よく話を聴いていると、お母さんのメンタルが心配になることもあります。少子化で女性に赤ちゃんを産んでほしいという世の中の気持ちは高まっていても、少子化だから妊娠しようと思う女性なんていませんよね。女性が子どもを産みたい、産めそう・育てられそう、と感じられるような環境をつくるしかありません。それは、ささいなことでも、安心・信頼できる人からいつでも必要な支援を受けられる環境だと言えると思います。

女性の出産と産後に寄り添う「ドゥーラ」の話から、日本の「産後ドゥーラ」、女性が子どもを産みたいと思える環境についてまでお話をうかがいました。次回は、WHOのガイドライン「WHO推奨:ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」をもとに世界の妊娠・出産を取り巻く環境や課題などについてお聞きします。

福澤(岸)利江子
筑波大学医学医療系 助教。助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 チャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。ドゥーラについての知見を、講座や書籍、webメディアなどで伝えている。

インタビュー/2021年2月5日

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ライター / 八田 吏

株式会社 元中学校国語教師。産後ケアの普及に取り組むNPO法人にて冊子の執筆編集に携わったことをきっかけにライター、編集者として活動開始。小学生・中学生の男児、夫と4人暮らし。