妊娠・出産からつながるすべての人権問題。 みんなが助け合える社会へ|ドゥーラ研究者 福澤利江子さんvol.3

女性の出産と産後に寄り添う「ドゥーラ」の研究者として情報を発信してきた、筑波大学 医学医療系 助教の福澤利江子さん。このインタビューでは、女性の妊娠と出産、産後を取り巻く環境について、世界と日本を比較しながらお話を聞きました。最後となる今回は、コロナ禍での日本と海外の対応の違いから、日本の出産ケアの課題、そして、日本ならではの良い点などをうかがいました。

コロナ禍でも
「出産付き添いOK」を決めたNYに対して
日本がそうしない理由

界外:前回は、世界の出産事情から、現代の出産ケアの課題とWHOの新ガイドライン「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」の役割についてお話をうかがいました。産婦さんと赤ちゃんの人権を尊重する動きが広がった背景には、女性が声を上げたことが挙げられました。

コロナ禍における出産ケアはいかがでしょうか。たとえばニューヨークは世界の中でも感染拡大が深刻化して死亡者もとても多かったのですが、かなり早い段階で、感染対策などの条件のもと出産付き添いを推奨する対応がなされました。それに対して、日本は2021年2月現在も、分娩付き添いや面会は推奨されていないそうですね。私はこのことが気になっています。

福澤:私もずっと気になっていました。2020年の春頃は、マスクやPCR検査の絶対的な不足などが原因だと思っていました。ですが、それらが比較的改善した後も、なぜ非推奨のままなのだろうか、今後いつまで非推奨の方針が続くのだろうかと思っています。産婦さんの出産体験の満足度は「付加的なサービス」であり、優先事項ではない、とみなされていることが原因なのかもしれません。ただ、日本の特徴として、20床未満の開業医(小さな産院)が出産の約半数を担っており、日本の出産施設は海外に比べるととても小規模です。人手不足の中、自助努力で頑張っていることも特徴のひとつです。

また、日本ではコロナ患者が世間に謝罪をしたり、医療者が感染源のように差別されるなど、世界から見ると独特の風潮もあります。そのため、万が一、産院での院内感染が起これば、風評被害に遭うことも考えられます。そうなると経営はとても厳しくなるでしょう。リスクを冒して地域の大事な産科施設がつぶれてしまうことは、だれも望んでいません。コロナは未知の感染症であり、ノーリスクの感染対策は不可能である中、すべての産院に簡単に分娩付き添いを許可するようには言えないのだろうということは理解できます。

界外:素人考えではあるのですが、感染対策用の医療用ガウンやN95マスクを配布する、付き添い者へのPCR検査を補助するなど、国をあげて出産現場を支援できないのかと思ったりもします。

福澤:そうですね。各施設の自助努力には限界があるため、国や行政のリーダーシップが必要ですが、意思決定層に女性が少ないことも影響しているのかもしれません。コロナ禍であっても産婦さんにとってポジティブな出産体験になるよう、小さなことでもできることを明確に示し、仕組みから変えていくことは大事だと思います。

界外:仕組みを変えるのは難しいことですよね。でも、女性たちが声を上げなければいけないのだと感じます。

福澤:日本は、「他の人もやっているから」ということが変化の大きな後押しになるという特徴があります。多くの人が「やる」と言えば、大きな変化も不可能ではないと思います。まずは国内外で仲間を増やすために、今回のガイドラインが役立つかもしれません。

日本の出産は課題だけではなく
良いところがたくさんある

界外:ここまで海外や日本の出産ケアの課題についてお話をうかがいました。ですが、日本の出産には世界に誇れる良いところもあると思っています。

福澤:そうですね、世界に発信すべき良いところがたくさんあります。たとえば、海外だと所得に応じて産む場所が決まることが多いのですが、日本は医療保険の種類にかかわらず比較的自由に選ぶことができます。「自宅から近いから」、「ハイリスクでも診てくれるから」、「費用が安いから」、「入院中の食事がおいしいから」など、女性一人ひとりのニーズや好みに合わせて選ぶことができますね。ただ、出産施設の減少により、その選択肢には地域格差があります。

また、自宅出産が合法であることも特長の一つです。事前に計画され専門家に介助される自宅出産は、病院出産よりも安全であることを示すエビデンスが海外では多く出されていますが、現在でも、自宅出産は赤ちゃんを危険な目に遭わせる虐待行為とみなされ、違法とされている国や州があります。出産施設の文化がケアに影響するなら、一人ひとりの女性が出産する場所を自由に選べることは、とても大事なことです。この長所を活かすには、女性は妊娠してから分娩予約をするまでに、それらの選択肢について十分な情報を得たうえで選択することが重要です。

できるだけ自然に産まれるのが理想だという価値観が共有されているのも、日本の文化の強みだと思います。

界外:それは、自然に生まれる方が母子の健康にとって良いということでしょうか。経済格差による健康格差が広がらない点でも、メリットがあるように思います。

福澤:人類の存続のために良いでしょうね。使わない臓器は機能が衰えるといいます。災害時には清潔な水や電気が供給されないことを考えると、手術などを必要としない、自然であることの方が、リソースが不足する状況でも持続可能な方法だと思います。科学技術に頼りすぎず自然であろうとすることで、人類の臓器が機能し続けるなら、また、人類が哺乳類として存続したいならば、そういった生理的な部分は大切にした方がいいでしょう。そして、そのような長期的な視点をもって人類の利益を守るのは、専門家である医療者の役割であるとも言えるのではないでしょうか。

世界中で、産む女性の多くはできるだけ自然な出産を望んでいます。また、日本ではほとんどの女性が母乳育児を希望しています。そして、日本では海外に比べると、医療者も「できるだけ自然に産ませてあげたい」と思いながらかかわっているように見えます。だからこそ、日本は他の先進国に比べると帝王切開率が低く、無痛分娩もこれまで少なかったのかもしれません。

出産と免疫

界外:今後、日本で考えなければならない妊娠・出産における課題として、何かトピックがあれば教えてください。

福澤:コロナによって、多くの人が感染症の脅威を認識しました。今後は免疫への関心が高まるかもしれません。これから生まれる赤ちゃんの免疫力を高めるためのケアのあり方です。

界外:たしか、赤ちゃんは母親から免疫をもらって生まれてくるんですよね。

福澤:人間の身体の中には様々な菌がいます。良い菌の働きによって、病気から守られたりします。人間の健康にとって良い菌は、出産の時にお母さんの産道からもらい、出産後は母乳に含まれるオリゴ糖がそれらの良性菌のエサになります。自然な出産や母乳育児がいいとされるのは、こういった側面もあるそうです。

ただ、経膣分娩や母乳育児がうまくいかなかった場合でも、環境からも良い菌を獲得したり育てるチャンスはあるので、母親が自分を責める必要はありません。日本人はどうしても根底に「できれば自然がいい」という認識があるので、「母乳育児ができなかったから、自分はダメな母親だ」「帝王切開で産んだから、母親失格だ」など、挫折感や劣等感を持つお母さんがたくさんいます。みんな、すごく悩まれます。でも、そうなったのは、ご本人のせいではないことが多いのではないでしょうか。母子にとって必要な帝王切開や粉ミルクだった(人災ではなく天災だった)とご本人が心から納得できれば、そういった悩みは少なくなるのではないでしょうか。

産む女性の本能的な勘はとても鋭いので、ごまかしは効きません。ケアする側の専門家が、悩んでいる人たちを効果的にケアするためにも、また、そういった悩みが起こらないよう予防するためにも、妊産婦さんと赤ちゃんを尊重したケアや、出産や育児と菌の関係についても、海外の最新の知識を学び続けることが今後ますます重要になると感じています。また、医療者に任せるだけでなく、多くの人々がこのようなトピックに関心をもち、妊娠前から正しい知識を持つことも大事だと思います。

妊娠・出産での女性の立場から見える問題は、
すべての問題とつながっている

福澤:コロナ禍での出産のことを知るために、ニューヨークの出産ドゥーラの伊東清恵さんのお力をお借りして、いろいろ調べました(2020年5月開催「妊娠・出産・子育てを皆で学ぶオンラインセミナー」)。その中で、ニューヨーク市政府の指針に発見がありました。感染症が拡大している状況であっても、出産・障害・子ども・認知症などの方が医療を受ける際には「誰か一人、できるだけそばに付き添うこと」と書かれていて、出産中だけの問題ではないという考え方がとても大事だと思いました。非常時だからこそ、意思の疎通が十分にできず弱い立場に陥った人には、どんな対応を優先すべきか。女性の問題、障害の問題、人種差別、高齢者差別、子ども虐待など、いろいろな問題はすべてつながっていることを教えてもらった気がします。

界外:女性は妊娠・出産・産後に、それまでの健康な状態とは異なる弱い立場を急に経験することになりますよね。そして、この弱者としての経験が、その人の人生において気づきを与えてくれるのではないかと思っています。私自身も、妊娠・出産、子育てを通して、大きく価値観が変わったかもしれません。

福澤:そうですね。同時に、「産む人が大事にされるべきで、産まない人はもっと理解を」とか、「女性はもっと大事にされるべきだから、男性は敵」などといった考えになってしまうと、問題は解決しないように思います。

コロナ禍でも、親の死に目に立ち会いたいのにできなかったらさみしいですよね。わが子が病気などで入院して寂しがっているのに付き添えなかったら悲しいですよね。出産の付き添いも、これらと同じです。コロナ禍はこうした問題を可視化するきっかけになったかもしれません。いろんな立場の人が同じ土俵で話せたら、もっと違った答えが出るのかもしれないと思うことがあります。

界外:妊娠・出産に関わる女性だけでなく、すべての人に関わるトピックだということがよくわかりました。ありがとうございます。では最後に、これから産む人や、産前産後のケアをしている人に向けてメッセージをお願いします。

福澤:国や肩書の違い、資格の有無に関係なく、どうすれば目の前の人と助けあうことができるかを一緒に考える仲間が、あちこちで増えていくことが一番良いことだと思います。そういう人たちをつないでくださるMotherRingのMother(母、母性)のRing(輪、和)のご活動を、今後も楽しみにしています。

界外:ドゥーラマインドを持つ人が増えるといいなと思います。妊娠・出産・産後の時期に寄り添う人だけではなく、すべての人がドゥーラマインドを持っていたら、社会がいい方向に向かうのではないかと思いました。それは誰かのためにも、自分にとっても優しいし、みんなが幸せになるための魔法のようなものなのかもしれません。今日はありがとうございました。

プロフィール/
福澤(岸)利江子
筑波大学医学医療系 助教。助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 チャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。ドゥーラについての知見を、講座や書籍、webメディアなどで発表している。

インタビュー/2021年2月5日

 

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ライター / 高梨 真紀

ライター。業界紙記者、海外ガイドブック編集者、美容誌編集者を経てフリーランスに。子育て中の女性や働く女性を中心に取材を重ねる。現在は食、散歩、社会的な活動など幅広く活動。ライフワークとして、女性と子どもなどをテーマにした取材も続ける。2人の娘の母。