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JOURNAL

女性が声を上げ、見直された「出産ケア」。 「これでいいのかな?」と気づくために

2021.03.24

筑波大学の医学医療系 助教、助産師、また女性の出産から産後まで寄り添う「ドゥーラ」の研究者である福澤利江子さん。前回は福澤さんの研究トピックである「ドゥーラ」について、また女性が出産するうえで必要な環境についてお話を聞きました。今回は、WHOが2018年に発表した新ガイドライン「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」をもとに、世界の妊娠・出産、日本の課題などをうかがいました。

世界中で問題になっている出産ケアを変えるために

界外:世界の妊娠・出産の動向について教えてください。2018年、WHO(世界保健機関)は「WHO推奨:ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」という新しいガイドラインを発表したそうですね。正常出産ガイドライン「WHOの59カ条」を約20年ぶりに「推奨項目56」として刷新したとのことですが、世界は今、出産ケアについてどのように向き合おうとしているのでしょうか。

福澤:10年ほど前からでしょうか、先進国でも途上国でも、程度の差こそあれ、出産中の女性を大切にしない扱いや虐待的な行為があることについて声が上がり始め、社会問題として認識が高まりました。

途上国など、女性や患者さんの立場が低い環境では、医療者が産婦さんに対してお産中に怒鳴ったり、手をあげたりすることもあるといいます。日本でも昔は産科医や助産師は怖い存在だと思われていたこともあるようですが、最近ではコミュニケーションや接遇研修が行われ、患者さんや妊産婦さんを大切にしなければという意識が高まっていると思います。でも、先進国にも真の寄り添いや尊重を妨げる医療者側の要因は存在します。「訴えられたくない」「苦情が来るのを避けたい」という自己防衛的な態度がその一つです。産科は医療の中でも訴訟が多いといわれます。そのため、個々の産婦さんの健康ニーズを満たすより、病院や医療者が訴えられないために、念のために検査をしたり書面で説明をしてサインをもらうような、本来の予防医療やインフォームド・コンセントとはみなしがたい行為が行われやすい傾向があるかもしれないと、海外では以前から言われていました。

界外:途上国での虐待的な行為、先進国での保身的な医療など、いろいろな問題があるんですね。それらの問題に取り組むために、今回、WHOがガイドラインを設けたのでしょうか。

福澤:そうですね。このガイドラインの初めの4項目は、すべての出産時期にわたって行うべきケアとして、妊産婦を尊重することや効果的なコミュニケーションを推奨しているので、その理由は大きいと思います。

ほかにも、医療資源の配分の問題もあります。限られたリソースを必要なところに効率よく分配し、経済的に豊かな地域と貧しい地域の格差を悪化させないという意図もあります。そもそも、自然な出産や母乳育児が増えると、病院や医療関連企業の収益は増えない、もしくは減っていく可能性があります。ですが、女性が本来持つ力がうまく働き、自然に進んでいるお産に過度に介入すれば、医療資源を無駄にしたり、医療費が必要以上に高くなってしまいます。さらに母子の健康を損なったり心身を傷つけることもあるので、医療者はその点に気を付けなければいけません。

日本においても、2006年前後には「出産難民」という現象が社会問題になりました。産科医や助産師の高齢化が大きな要因と言えるでしょう。また、少子化による地域の開業医の閉鎖や出産施設の集約化などもあり、特に地方で産める場所が減っています。必要な人が必要な医療にアクセスできる環境を整えることと、過剰な医療を行わず女性と赤ちゃんが本来持つ力を最大限生かすことのバランスが、今後、世界中でより一層求められることが、このガイドラインから伝わってきます。

世界共通のガイドラインを定めることで
その国のケアを見直す

界外:そういった様々な問題を改善するために、WHOは約20年ぶりにガイドラインを刷新したのですね。このガイドラインについて、もう少し詳しく教えてください。

福澤:要約されたものがWeb上で公開されています。3月下旬には日本語版の書籍(医学書院)も出版されますので、関心のある方はぜひそちらをお読みください。
WHO推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア(要約へのリンク)
WHO推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア(amazonへのリンク)

1992年頃に、前身となるガイドライン「出産ケアの59ヵ条」が発表されました。「出産ではこういうことをした方がいいよ」「これはしなくてもいいよ」といったことがまとめられていて、たとえば、「出産前に浣腸はしなくてもいい」、「会陰切開はみんなにする必要はない」など、いろいろなお産ケアの医学的な評価がされていました。

今回の新しいガイドラインは、前回のガイドラインと、その後発表された関連ガイドラインを統合して、最新の研究にもとづいて見直したものです。大きな違いは、旧ガイドラインの頃にはエビデンスが不十分で、ガイドラインを作った専門家の意見が大きな影響力をもっていたことに対して、新ガイドラインではその後に得られた世界中のエビデンスを活かして客観的に作られていることです。それによって、主観的な要素を最低限にし、透明性が高くなっています。つまり、誰が作ってもこうなるだろうという、中立でより真実に近い内容だといえると思います。

界外:出産はその国の文化も大きく影響すると思います。世界のそれぞれの事情を取り入れてまとめるのは難しくないのでしょうか。

福澤:その通りです。出産のケアにはその国の文化が強く影響します。でも、どの国でも共通する妊産婦さんと赤ちゃんのニーズや医療者の傾向が存在することも、研究で明らかになっています。たとえば、「自分のニーズを敏感に察知してくれる医療者からケアを受けたいと思っている」「特定の医療介入に対しては怖いと思っている」「できるだけ自然で正常な出産を望んでいるが、必要な医療介入は受け入れる気持ちでいる」「出産が予測不可能なものだということを理解している」などは、世界共通の妊産婦さんの傾向であることがわかっています。

一方、医療者の世界共通の傾向の一つとして、いったん慣れた方法を変えることに抵抗感があることが挙げられます。前身の1992年のガイドラインもそうですが、出産のケアが過度にルーティン(慣習)化しているため、このようなガイドラインが必要になったのです。ルーティンは長く続けば、その現場の文化や個々の医療者の強い信念になります。「やると決まっているからやる」、「この国の文化だからやる」、「この病院ではこうすることになっている」、「まわりもやっているからやる」「上に言われたからやる」といった理由で、本当はやらない方がいいこと、つまり有害なケアが行われてしまうことが一番問題です。また、慣れてしまうと、それ以外の方法が考えられなくなったり、怖くなってしまいます。

たとえば、ある国では、妊婦さんのお腹の上に医療者が乗ってお腹を押す場合、押す人が疲れるまで押し続けるという慣習があるそうです。押す人が疲れるまで、という指標は、普通に考えてもおかしいですよね。でも、それが長年に渡って信じられていると、当たり前のこととして受け入れるようになり、押してもらわないと赤ちゃんを産めないと思い込んでしまう可能性があります。

妊産婦さんだけでなく、医療者も出産が無事に終わるまでは不安を感じています。「会陰切開をしないと産めないのではないか」、「産婦さんのお腹を押さないと赤ちゃんが出てこないのではないか」、「子宮口の開き方があまりにもゆっくりだと良くない結果になるのではないか」などといった不安や恐怖に基づく思い込みのケアが、世界中にいろいろあるのです。

日本でも、少し前までは、母乳育児は助産師に乳房をマッサージしてもらわないとおっぱいが十分に出ないのでは、と思っている人が少なくなかったかもしれません。でも実際は、おっぱいは赤ちゃんにたくさん吸われることで出るようになります。産後の女性にとって、母乳育児で困ったとき、1対1で話を聴き、実際に手で触れて解決してくれるプロがいることは重要だと思います。ですが、プロがいなければ妊娠・出産・育児ができないと自信をなくしたり、依存的になってしまっては本末転倒です。こんな風に、ケアにまつわる根拠のない思い込みの例は他にもたくさんあるかもしれません。

界外:妊娠・出産は文化だと言われていますが、中には良い文化もあるけれど、そうでない文化もあるということですね。

福澤:良い妊娠・出産文化を定義するなら、有害ではないこと、本人が納得・満足できること、第三者の儲けに寄与しないこと、と言えるでしょうか。有害なものは、たとえば、命を脅かすこと、産婦さんや赤ちゃんの心や体が傷つくものなどです。出産中の女性やお腹の中の赤ちゃんは、会話もままならない、弱い立場や状況にあります。そういった人たちが必要以上に我慢をしなければならないケアは、改善する必要があると思います。

界外:より有効なケアを示すだけでなく、そんなふうに間違った認識やケアをなくすことも、今回の新しいガイドラインの役割なんですね。

福澤:間違った思い込みやケアは、他者の目で見て初めて疑問視されることが多いのだと思います。

女性の声がきっかけで、世界が動いた

福澤:妊産婦さんを尊重するケアが改めて見直された背景には、出産中の虐待行為などに対して声をあげる女性が増え、世界各地で調査が進んだことがあります。妊産婦一人ひとりの価値観や文化的背景を尊重し、孤独や不安を減らす支援は、先進国でも途上国でも、どんな国にも必須とされる人権といえます。このような考え方が近年、世界中で高まっているといえます。日本では言葉の壁があり、海外の情報がなかなかダイレクトに入りづらいのですが、今後日本でも徐々に広まっていくといいなと思います。そのためには、日本の女性が声を上げること、日本でも調査を進めることが大事だと思います。

界外:妊産婦さんや赤ちゃんといった弱い立場の人に対して、人権侵害が起こりやすい。だから見直そうという動きが海外ではあるのですね。

福澤:日本では「人権」「権利」という言葉は硬く感じられたり、赤ちゃんはもちろんお母さんも、「これは人権侵害です」と気軽には自ら言わない、言えないことが多いと思います。でも、出産中に大切に扱ってほしいというのは、世界中の妊産婦さんに共通するニーズです。大切に扱ってもらえないと、モヤモヤした気持ちが残ると思います。そんな時に、「これは当然のことなんだよ」「みんな守られるべきことなんだよ」と誰かが外から言ってくれると、「やっぱりこれはおかしいんだ」、「一人で我慢し続けなくていいんだ」と思えますよね。さらに、その拠り所が権威ある機関だと頼もしいですよね。WHOの新しいガイドラインは、そういう役割を果たすものなのだと思います。

次回は、コロナ禍での出産ケアについて海外と日本を比較し、日本の課題と長所などについて福澤さんにうかがいます。

プロフィール/
福澤(岸)利江子
筑波大学医学医療系 助教授。助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 チャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。ドゥーラについての知見を、講座や書籍、webメディアなどで発表している。

 

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