女性が社会で長く活躍できるように、行政の支援や職場環境を整える動きが広がっています。子どもを出産後、育児休暇などを活用して働き続けることも珍しくなくなってきました。男性の育児休暇も取得しやすい環境づくりが進んでいます。
共働き家庭が多くなり、子育てで祖父母がサポートする姿も日常的に見られる光景となりました。一方で、価値観の違いなどから関係性が複雑になる場合もあるとか。そんな課題を解決するために活動しているのがNPO法人孫育て・ニッポンの棒田明子さんです。今回、活動について、始めた頃の話から、祖父母との関係性の変化までお聞きしました。
「孫育て」の第一人者。きっかけは、産後の女性のためだった
高梨:「孫育て」の活動は、どんなふうに始められたのでしょうか。
棒田さん(以下敬称略):産後は祖父母に手伝いにきてもらう、または里帰りすることが日本の文化になっています。誰もがハッピーなことだと信じられていますが、実は世代間ギャップという壁があります。それによって、祖父母も産後の女性たちもストレスやトラブルを抱えていることがわかったんです。
そんなギャップを解消するためには、祖父母世代に「今の子育て」を伝えることが必要だと感じました。20年ほど前のことです。
実際に、祖父母たちに「今の子育てについて、どうやって調べますか?」と聞いてみると、「昔の自分たちの子育てを思い出すしかない」という返事が戻ってきました。当時はそういった活動をしている人がいなかったので、当事者であるお母さんたちが病院や保健センターで習っている子育て情報を、祖父母たちに伝える活動をしようと決めたんです。
2003年、ある育児サイトの完全リニューアルを編集長として行い、そこで子育て世代に向けのメルマガ配信をしながら、月1回、祖父母たち向けの情報も配信しはじめました。子育て世代と祖父母世代がバラバラの育児書を見るのではなく、同じ育児情報を一緒に見ることが大切だと思ったからです。
そのほかには、祖父母に向けた「孫育て」講座を自治体や病院で開催していきました。
高梨:「孫育て」講座は、助産師の岡本喜代子さん(元公益社団法人 日本助産師会会長)と一緒に始められたそうですね。
棒田:「孫育て」講座は、リアルな場づくりに重点を置いていました。また、シニア世代は医療従事者や専門職の方から話を聞く方が耳を傾けてくれると感じていました。そこで、生まれてくる命のそばにいる助産師さんと一緒に活動したい思いを伝え、一緒にスタートしました。
高梨:2003年に「孫育て」のサイトを立ち上げ、2011年にNPO法人孫育て・ニッポンを立ち上げられていますが、NPO化したのはどんな経緯だったのでしょうか。
棒田:「孫育て」はネットでの情報発信から始まりましたが、肝心の祖父母たちはパソコンに慣れていない方が大半で、今のようにスマホもありませんでした。
当時、シニア世代にアプローチするには、新聞、テレビ、そして行政の広報誌が効果的でした。また、孫育て講座を開催するには、行政との連携も不可欠だったので、NPO法人化しました。
白湯を飲ませる問題。祖父母の悪気ない行為がトラブルにも
高梨:祖父母のための「孫育て」講座では、どんなことを大切にされていますか?
棒田:祖父母や子育て世代の声をもとに作った「孫育て&祖父母とのつきあい方10か条」をベースに、今と昔の子育ての違いについて伝えています。
出典:NPO法人 孫育て・ニッポン
「孫育て」講座では、沐浴のしかたや肌着の着せ方などは伝えていません。というのも、祖父母主導でなく、ママパパが主導で行うものと考えているからです。ママパパは産院や保健センターで習ったり動画を見ながら学ぶので、祖父母が別の場所で習うと、またそこでギャップやトラブルが生まれてしまいます。
高梨:ほかにも世代間のギャップが大きいトピックがあれば教えてください。
棒田:よくあるのは、白湯を飲ませるかどうか、です。現在、赤ちゃんには、医療的に必要が無い場合は、母乳以外のものを与えないという指導になっています。ですが、祖父母世代は、外出後やお風呂上りなどに水分補給の目的で赤ちゃんに白湯を飲ませるのが当たり前でした。
祖父母は自分が子育てをしていたときに、それが良いことだと習ってきたから、悪気があるわけではないんです。でも、時代や医学研究の進展によって、良いと言われていることが変わっています。祖父母は自分自身の子育て時から情報をアップデートした方が、パパママとのトラブルを防ぐことができます。
高梨:私自身は「抱き癖がつくから、あまり抱っこしない方がいい」と言われたのを覚えています。
棒田:それもよく聞きますね。今は、「赤ちゃんが泣いたら抱っこしてあげましょう」と教わることが多いと思います。
「赤ちゃんが泣いたら、抱き癖など気にせずいくらでも抱っこしていい」という考えは、今では随分と広まっています。一方で私は、泣いたら、ではなく、泣く前のアプローチが大切だと思っています。大泣きしている赤ちゃんを泣き止ませるのは大変だし、泣いてから授乳させようとしても赤ちゃんは上手におっぱいをくわえられませんよね。
高梨:抱っこのタイミングについて、祖父母はどう対応しているのでしょうか。
棒田:祖父母たちは、大泣きする前に抱っこする方が多いように感じます。たとえば赤ちゃんがふにゃふにゃ言ったり、もぞもぞし始めると、「どうしたの?」「そろそろお腹がすいたのかな?」と、そばへ行って声をかけます。落ち着けばそのまま、寝かしながらあやし、泣きが強くなりそうなら抱っこをする。経験からそうしているのだと思います。赤ちゃんの要望を上手に汲み取っていますね。こんなふうに、祖父母たちの知識や子育てがすべて問題なのではなく、祖父母たちが得意な部分もあるんですよ。
コロナ禍でなかなか祖父母と会えない状態に。関係性も変化
棒田:昨年から、新型コロナウイルスの影響で、産院でほかの赤ちゃんやお母さんたちと出会う機会がなく、話もできない環境になっていて心が痛みます。そして、退院したらご夫婦だけで子育てをしなければならないご家庭もあります。
高梨:コロナ禍によって、祖父母たちとの関係にも変化があるのでしょうか。
棒田:「祖父母たちに孫を会わせてあげたい」という声が多いです。なかなか会えなくなってしまって、お互いの大切さを実感しているといえるかもしれません。
高梨:コロナ禍のいまも、「孫育て」講座は開催されているのでしょうか?
棒田:高齢の祖父母の方を対象に集団で行うことは難しいので、オンライン講座を開くようにしています。また、特に困っている産前産後のご家庭に向けて、オンラインの両親学級を毎週行っています。そこでは、子育て世代と一緒に、祖父母の方にも参加していただけるようにしています。赤ちゃんを迎える家族全員が参加できる講座を広げていく予定です。
次回の公開は6/16(水)の予定です。祖父母にとって、自分たちの息子や娘の子育てという視点で考えると、孫育てサポートの適切な距離感や役割が見えてくるはず。手や口を出すだけでなく、子育てする子どもたちを見守ることの大切さについて、次回はお伝えします。
プロフィール:
棒田明子
NPO法人孫育て・ニッポン理事長。NPO法人ファザーリング・ジャパン理事。(社)産前産後ケア推進協会監事。妊娠、出産、産後、子育てに関連した情報を発信する情報サイト「ここみて港北」発起人。産前産後ヘルパー。
育児雑誌の編集者、育児サイトの編集長などを経て、2011年にNPO法人孫育て・ニッポンを設立。祖父母と子育て世帯に向けて、世代間ギャップを解消するために大切にしたいことなどを伝える。孫育てを起点に、シニア世代が地域の子どもたちを育てる「他孫(たまご)」や、子育て世帯の子育てを楽しくするためのコミュニティづくりも積極的に広げている。孫1人。。
NPO法人孫育て・ニッポン https://www.magosodate-nippon.org/
「ここみて港北」https://www.kokomite-kohoku.jp/
ぼうだあきこオフィシャルサイト https://aru-bouda.jimdosite.com/
インタビュアー
高梨真紀
ライター。業界紙記者、海外ガイドブック編集者、美容誌編集者を経てフリーランスに。子育て中の女性や働く女性を中心に取材を重ねる。現在は食、散歩、社会的な活動など幅広く活動。ライフワークとして、女性と子どもなどをテーマにした取材も続ける。2人の娘の母。
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