2021年2月に一般社団法人sodatsu-coの活動をスタートした、理学療法士の中原さんと得原さん。赤ちゃんの発達をとりまく環境が変化していく中で、健診を基準にした関わりと、便利だけれど発達に影響を与えてしまう道具との関係性について、より深く話を聞いていきます。
競争社会で生きてきた母たちの子育てで起きていること
界外:人間の発達ははるか昔からほとんど変わっていないのに、生活を取り巻く環境はどんどん便利になり、赤ちゃんの発達にも影響を与えているというお話を前回うかがいました。このことについてもう少し詳しく教えてください。
中原さん(以下敬称略):たとえば赤ちゃんが泣くと、泣き止ませるための道具があります。親御さんは、それで赤ちゃんが泣き止んだら「ご機嫌になってくれてよかった」と思うのですが、一方でそれは赤ちゃんが伝えたい気持ちをかき消している可能性もあるわけです。まだ言葉を発していなくても、感情があります。感情表現を止められると、伝えようとする意欲を失わせる恐れもあります。
「生後〇〇か月に〇〇ができる」という指標も、個々の赤ちゃんの実際の発達を見えづらくしている可能性があります。たとえば母子手帳に「健診ではこういうことを見ます」といったことが書かれていますよね。それに向けて、みなさん、できるように練習をするんです。健診で確認する項目は、発達の平均値から考えられる目安です。みんなお腹にいた時間も違うので、発達状態には個人差があります。ですから、心配なことは健診時に医師や保健師に相談するのも良いと思います。
界外:競争社会での勉強に慣れている私たち大人が、赤ちゃんの発達でも同じように「できること」を獲得しようとするんですね。
中原:そうですね。多くの親は、「生後〇〇か月までに〇〇ができる」ようにならないといけないと思いこんでいます。中には「積み木の練習をしてください」と指導を受けた親御さんもいるそうです。ですが、その検査は、練習をしてクリアするためにあるのではないのです。
得原さん(以下敬称略):赤ちゃんは、大人が積み木を積み上げて見せれば、目の前にある積み木を自ら積むようになります。模倣するんですね。
界外:単に「積み木を積む」という動作だけが指標になってしまっているんですね。分かりやすい指標はメリットもあるけれど、同時に問題点も生まれているんですね。
得原:検査では、積み木を積めるかどうかといった点としての能力として評価するのではなく、“模倣してものをつかむ”、“ものをつかんで目標物にちょうどいいところまで手を伸ばす”、“そこで手を放すということができる”、という運動の発達や物に対する認知などを複合的に見るものなんです。練習して、これはこうすればOKということを学ぶこととは違うのです。
中原:健診はテストではないんです。その時点でどんなことができるかをチェックするけれど、うまくできなくても問題ありません。その課題にその子がどのように反応するかを確認しているんです。それに、緊張しやすい子の場合は、その場でうまく能力を発揮できないこともあります。大人でもそういうことはありますよね。緊張しやすい子には、事前に「こういう場所に行って、こういう人たちに会って、こんなことをして遊ぶよ」と事前に説明してあげてほしいと思います。それだけでも、緊張感は全然違います。その子自身はまだ緊張を言葉で表現できませんが、説明されたことは、言葉よりもずっと深い部分で理解しています。
検査や発達について、親御さんたちはいろんな不安を持っています。検査で「経過観察」と言われたことを何年も気にしているお母さんも実際にいらっしゃいます。
子どもも大人もみんな発達している途中。だから、全員が経過観察
得原:でも、人は全員、経過観察なんです。大人も発達しているから、考えようによっては、みんな生涯経過観察中ですよ。
周りの子との比較で自分の子どもを見る親御さんが増えているとも感じます。今はSNSに月齢のハッシュタグをつけて、同じ月齢の赤ちゃんを育てる親同士がやりとりするのが普通ですから、周囲には月齢の近い赤ちゃんが集まることになります。その中で、発達を比べてしまうんです。
ですが、発達は心の発達、運動発達、社会的発達、言語発達など、いろいろ組み合わさって円を描くようにできています。その円の形は、子どもの頃はでこぼこになっていて、思春期くらいまでにきれいな丸になればいいと専門家は捉えているんです。得意不得意もあるし、だんだんと社会に適応するにしたがって、なんとか生きていけるかな、という丸になるんですね。ですが、まだでこぼこの円で当たり前の赤ちゃん時代に、同じ月齢のグループにいる一番発達の早い子の丸に近づけたいと思ってしまうのが、親心だったりするんですよね。たとえば、一番最初にしゃべり始めたAちゃん、一番最初に走りはじめたBちゃん、一番最初にストローで水が飲めるようになったCちゃん、みんなと比べてどれもできない……というように。
界外:私たちは競争社会の中で生きてきたから、成績を競うように発達を獲得したいと思ってしまうのは当然のような気もします。その上、今は情報過多が弊害になって、歪んだ形で伝えられている情報もあって、それは修正していくしかないんでしょうね。前回のお話にもありましたが、本来は人間本来の力を活かして大人と子どもが一緒に楽しく生活していれば、自然とできるようになるのであれば、そういう状況になればいいなと思うのですが。それは難しいのでしょうか。
得原:親御さんがひとりで子どもを見ている状況では、心身ともになかなか難しいと思います。
界外:そうなると、増えすぎた情報の中で間違っているものを「そうじゃないんだよ」という役割が、必要になってくるのでしょうか。
得原:以前はおばあちゃんや保育士さんなど、身近な人の情報しかなかったですし、その人たちに言われていることを何となくやってみていたら子どもは元気に育った、という時代でした。子どもも、いろんな人を見て、いろんな人を真似して育っていました。でも、今は情報過多の中で、誰の言うことを聞いたらいいかわからない、けれどもその中で正解を探したい、というような状況だと思うんですよね。
だから私たちは、運動発達の専門家である理学療法士として、長期的な視点で子どもの発達を見て、親御さんや他の専門家の方の皆さんと子どもの成長を一緒に考えて見守る仕事を実践していきたいと思っています。
お母さんが悪いのではない。周りがどうサポートができるかが大事
得原:発達は、大人が子どもを評価するように見えがちですが、子どもを中心に置けば違った捉え方ができます。長い目で見守るしかないんです。子どもたちの育ちを本当に大切にしたいなら、長期的な視点と、彼らは保護されるべき立場だということを忘れずに、できないことをできるようになっていく過程を18年間見守ることが必要だと思います。
界外:親御さんに、「将来、どんな大人になってほしいか」と聞くと、「幸せになってほしい」「思いやりのある人になってほしい」というような答えが返ってくることが多いのではないでしょうか。こんな風に、長期的な視野で子育てについて聞くと、本質的な答えが返ってくると思うのです。「積み木が積める子になってほしい」と望む親はまずいないですよね。
得原:そうなんです。そして、お母さんだけの問題ではなくて、お母さん一人に負担がかかる環境で子育てをしているとしたら、まわりの人は何ができるかを考える必要があると思っています。子育てを背負っている人の気持ちの負担を軽くすることが大切です。
競争社会に身を置いてきた親御さんたちの今の子育てについて、情報が多い中でも何を大切に考えてほしいか、そんなお話をうかがいました。次回は、おふたりの子育て、そして具体的な活動内容についてお伝えしていきます。
プロフィール:
中原規予
理学療法士。2005年に資格を取得後、7年の臨床経験を経てフリーランスに。療育センターや児童発達支援事業所に非常勤で勤務しながら、親子向けや子育て支援者向けに子どもの成長発達などに関する講座を行っている。10歳女児と3歳男児の母。
得原 藍
理学療法士。大学でアメリカンフットボールの学生トレーナー、会社員を経て理学療法士の資格を取得。現在はバイオメカニクス(生体力学)の知識や経験を生かした指導者の育成、大学の非常勤講師などを務める。また、子育て支援団体との協働で子育て相談、外あそびなどを行っている。6歳男児の母。
一般社団法人sodatsu-co
乳幼児の発達について親や専門家、企業向けに講座を開催するなど情報を発信。また相談事業も行っていく予定。
Instagram @sodatsu_co
インタビュアー
界外亜由美
産前産後の女性とサポーターをつなぐ「MotherRing」主宰。「MotherRing Journal」編集長。優しさが循環する社会づくりを目指して活動している。「言葉」で伝える制作会社mugichocolate代表取締役。
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