視点を変えれば赤ちゃんの発達をもっと楽しめる。|sodatsu-co中原規予さん・得原藍さんvol.1

理学療法であり母でもある中原規予(なかはら・のりよ)さんと得原藍(えはら・あい)さんのふたりが、2021年2月に一般社団法人sodatsu-coを立ち上げました。これまでも専門家として運動発達に関する講座を開いたり、子育て相談に応えてきたふたりの新たな活動です。今回は、団体を立ち上げたきっかけやお母さんたちへの思いなどをお聞きしました。

もっと楽しく、発達も促される赤ちゃんとの関わり

界外:今回、新しくスタートを切った一般社団法人sodatsu-coの活動について教えてください。どんな思いから始められたのですか?

得原さん(以下敬称略):理学療法士は、運動発達の専門家です。理学療法士が赤ちゃんをみるとき、子どもの運動発達を中心に発達をみながら、生活面を見守っていくことを基本にしています。運動発達と生活という二つの視点は、子どもが育っていくうえで大切なものだと思っています。
現在、日本の社会では、親以外の大人が赤ちゃんに関わる場はなかなかありません。理学療法士も、療育(障害のある子どもたちが、発達や障害特性にあわせて困りごとを解決したり、将来の自立と社会参加を目指す支援のこと)という形で一部の親子としか関わることができません。「発達に問題があるかもしれない」と診断され、発達支援センターに来た親子にのみ、運動発達の面で困っていることを一緒に解決したり見守る機会があります。ちなみに、言語の場合だと言語聴覚士が関わったり、生活や動作では作業療法士が関わったりします。でも皆さんはあまりそういった職種をご存知ないですよね。専門家と親子が出会う場がとても限られているんですね。

一方、「この子はちゃんと発達しているのだろうか」と大きな不安を抱えている親御さんがたくさんいます。健診に行っても、限られた時間内でたくさんの子どもをみているので、特に問題がないとされた場合は個別相談にはなかなか乗ってもらえないようです。不安を口にしても、「大丈夫ですよ」と言われ、心配な気持ちが解消されないという方が少なくありません。

そういった現状の中で、私たちは専門家として子どもの発達についての親御さんの疑問に細やかに答え、アドバイスをすることで不安を解消したいと思い、一般社団法人sodatsu-coを立ち上げました。

中原さん(以下敬称略):理学療法士は、療育のほか、病院に所属してリハビリテーションを担当しています。リハビリテーションは、「本来あるべき姿に回復していく」という意味を持つ言葉です。私たちはリハビリテーションの視点から、子育ての支援をしたいと考えています。

理学療法士として、親と子どもの関わりを客観的にみると、少し視点を変えるだけで発達が促されるケースがたくさんあると思っています。一般社団法人sodatsu-coでは、「こうすればもっと楽しく過ごせるし、子どもの発達も促されるよ」と伝えながら、親御さんと一緒にその子の発達を見守る環境づくりを考えていきます。

妊娠中から赤ちゃんは発達している

界外:基本的な質問なのですが、赤ちゃんはどのように発達していくのでしょうか?

得原:人間は生まれてすぐに走れないですよね。でも、多くの哺乳類は生後すぐに歩いたり走ったりできます。理由は諸説ありますが、人間の赤ちゃんは、歩けるところまで身体が発達していないまま生まれてくるんです。

界外:ほかの哺乳類は歩けるようになるまでお腹の中で発達してから生まれてくるけれど、人間はそうではないんですね。

中原:ただ、お母さんのお腹の中にいる約40週の間に、羊水の中でどれだけのことを感じて獲得してくるかによって、出産後の運動発達が変わってきます。歩けない状態で生まれるけれど、お腹の中でも運動機能が発達したり、いろいろ学んでいるんですね。

界外:妊娠中、お腹にいる時も、赤ちゃんは発達しているんですね。

中原:よく「妊娠中はお腹を触ったり、お腹の中の赤ちゃんに話しかけてあげて」と言われると思います。赤ちゃんは妊娠した時点から常に発達しているから、産前も産後も触れたり、話しかけたりしてほしいんです。

ただ、「3歳くらいになったら話しかければいいですよね」とおっしゃる親御さんもたくさんいます。生まれた直後から見たり聞いたりする機能は発達しているんですが、3歳児健診で言葉の発達状況を確認する項目があることで、3歳までに話せるようになるという間違った認識を持たれることが多いんですね。要は生まれたとたん、親御さんの発達の目安が赤ちゃん中心ではなく健診中心になってしまうんです。

界外:健診基準で考えてしまいがちな親御さんに、赤ちゃんの様子をしっかり見つめることを伝え、どう関わればいいかを一緒に考える。そんな役割をお二人は担っていくんですね。

得原:はい。そして、発達は赤ちゃんだけのものではなく、死ぬまで続いていくと言われています。私は40代なのですが、働き盛りで社会的役割も担う、壮年期という発達段階を生きています。また、女性の壮年期は生理が終わるなど、身体の変化を迎えます。このように「発達」という言葉は、上にあがっていくことのみを指しているわけではありません。一生涯の間、社会的な役割、身体の役割、そして家族の中の役割、心理的なものも含め、変化していくこと全体を発達として捉えましょうという考え方があるんです。

その発達段階の全体像の中で、社会に出る青年期までの間は、上の世代の助けが必要だと考えられています。そのため、児童福祉法等があり、18歳までは児童としてサポートを受けられる仕組みが今の社会にはあるのです。

運動発達の視点でみると、日常生活に必要な動作は概ね幼児期に獲得されると言われています。発育発達学者の中村和彦教授(山梨大学)が提唱した、「幼児期に身に付けたいー36の基本の動作ー」という指標もあって、歩くことだけではなく、つかむ、くぐる、もぐるなど、地球上で生きていくために必要な動作が36個に分類されています。その36の基本の動作を全部獲得できるのは就学時(7歳)くらいと言われています。

親も保育者も、「まだこの子は○○ができない」という話をすることが多いのですが、短期的な視点で考えていることが多い気がします。3〜4歳でお箸が持てなくても特に問題ではないのですが、実際は気にされる親御さんが多い。お箸を使う、というのは「巧緻(こうち)動作」と呼ばれる緻密な動作なのですが、上手にできるようになるまでの時間は個人差も大きいです。その時点で器用不器用を判断するのではなく、ゆっくり時間をかけて見守るには、「今できなくても大丈夫だよ」って伝えてもらうことも大事だと思います。

長い目で子どもの発達を見守っていく

界外:子どもの発達は、長い目で見ていくことが大切なんですね。

中原:お箸を持てるようになるには、そのために必要な前段階があります。お腹から出てきて、おしゃぶりをして、手を認識して、手でものをつかむことができるようになります。そこからいろいろな経験を経て、手はつかむだけではなく支えることもできるとわかってきます。それからハイハイをして、手で身体を支えることを覚えて、握力がついてきます。そこでようやくペンやお箸を持てるようになるんですね。

そこまでの段階ができるようになってはじめて先に進めるのですが、みなさん、「3歳になったらこれができる」「4歳になったらこれができる」と思ってしまうんです。その動きを獲得するために必要な動きがあることを認識していないから、「この年齢になったのに、どうしてうちの子はできないんだろう」と悩んでしまう。

得原:私たちはそういった一つひとつの発達について、親御さんの悩みを一緒に考えることが必要だと思っています。ただ本当は、専門家のサポートがなくても、人間本来の力を活かして、大人と子どもが一緒に生活していれば自然とできるようになります。

大人のまねをしていたら、最初は失敗ばかりでもいずれできるようになっていくんです。たとえば、大人がかがんで床を拭いていれば、子どももかがんで床を拭けるようなる。テーブルの下にもぐって、頭をぶつけたりしながら上手にくぐれるようになります。何歳になったからこれができる、ではなく、日常動作なら5〜6年という長い目でみながら一緒にやっていけばできるようになるのですが、現代は、大人が子どもと一緒にいろんなことをやる機会が少なくなっていると感じています。

どんどん便利になっていく環境が与える影響とは?

界外:それはなぜですか?

得原:ひとつは、道具が便利になりすぎていることが原因だと思います。私もデジタルやゲームが好きなので否定はしませんが、運動発達は100年前も200年前も同じ過程を必要としているのに対して、環境がどんどん進化してしまったんですね。

運動の仕組みをひもといていくと、まず、生き物に目ができた時代に遡ります。この、目ができたことはすごく重要な要素です。それによって、自分の周りにあるものを知覚してそこに近づこうと運動する、つまり、視覚と意思と行動を組み合わせることで運動発達が進むようになったのです。

だから、色や音が感じられない環境に置かれ、感覚を全部はぎとられてしまうと、動く目的がなくなり動けなくなります。では、目がない時の生き物はどうしていたのでしょうか。何となく移動して、触れたものを食べることで生きていたのです。それも、「触れる」という触感があります。ただしそれは反射と言って、触ったものをとにかく食べるという、一番原始的な動きです。そして、生物にとってすごく大事な機能です。

人間はそこからずいぶん進化して、常に目的のある運動をしています。書くために手を動かしたり、誰かとコミュニケーションを取るために話すことも高度な運動のひとつです。そういう能力は、意思と感覚と運動がセットにならないと発達しないんです。

界外:便利なものは私たちを楽にするけれど、一方で意思や感覚を失わせる環境でもあるということですか?

得原:そのように感じることが多いです。赤ちゃん向けに開発された便利なグッズの中には、親にとっては便利でも、赤ちゃんの運動発達を妨げているものもあるのが現状です。

中原:離乳食を食べさせるのも、ハイハイをしたりする時期になるとお腹がすいて固形物を食べないとエネルギーが足りないから始めるのですが、今は「生後5〜6カ月の間に始めてくださいね」と指導されることが多くて、離乳食をあげる理由をよく理解できないまま始めている親御さんが多いんです。そして、食べさせるのにとても便利な道具を使っています。そこには、個々の赤ちゃんの状況や気持ちに関係なく離乳食が進んでしまうという問題があります。本来は、赤ちゃん自身に食べたい意欲があって、お腹が空くから食べることができるようになるのです。

界外:赤ちゃんのお世話を学ぶとき、「生後何カ月くらいでこれができる、何カ月になったらあれをはじめる」と月齢で区切られていると、分かりやすくはありますよね。ただ、それをひとつの指標ではなく、忠実に守ろうとしすぎている親御さんがいるということでしょうか。同時に、便利な道具があふれていて、それを使うことで赤ちゃんの発達にどんな影響があるかを意識しないで使っているということなのでしょうか。

得原:親御さんたちの多くは、まわりに子育てのサポーターが少ないこともあって、楽にお世話ができるものを必然的に選ぶようになっています。それは一面ではとても大切なことで、生活は毎日営んでいく必要がありますから、便利であることすべてを否定するわけではありません。でも、中には、赤ちゃんの能力を大きく超えている道具があります。そういったことに私たちは課題感を持っています。だからこそ、専門家として赤ちゃんの自然な発達を長い目で見ることを提案したいと思っています。

子どもの運動発達をはじめとした発達と、親御さんのの子どもへの関わりについて、おふたりが課題に感じていることをお話いただきました。道具がどんどん便利になり、発達を気にする親御さんが増える中で、おふたりはどんなふうに子どもや親たちと向き合っていくのでしょうか。次回はその話を詳しくうかがっていきます。

 

プロフィール:


中原規予
理学療法士。2005年に資格を取得後、7年の臨床経験を経てフリーランスに。療育センターや児童発達支援事業所に非常勤で勤務しながら、親子向けや子育て支援者向けに子どもの成長発達などに関する講座を行っている。10歳女児と3歳男児の母。


得原 藍
理学療法士。大学でアメリカンフットボールの学生トレーナー、会社員を経て理学療法士の資格を取得。現在はバイオメカニクス(生体力学)の知識や経験を生かした指導者の育成、大学の非常勤講師などを務める。また、子育て支援団体との協働で子育て相談、外あそびなどを行っている。6歳男児の母。

一般社団法人sodatsu-co
乳幼児の発達について親や専門家、企業向けに講座を開催するなど情報を発信。また相談事業も行っていく予定。
Instagram @sodatsu_co

インタビュアー
界外亜由美
産前産後の女性とサポーターをつなぐ「MotherRing」主宰。「MotherRing Journal」編集長。優しさが循環する社会づくりを目指して活動している。「言葉」で伝える制作会社mugichocolate代表取締役。

 

◎infomation


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ライター / 高梨 真紀

ライター。業界紙記者、海外ガイドブック編集者、美容誌編集者を経てフリーランスに。子育て中の女性や働く女性を中心に取材を重ねる。現在は食、散歩、社会的な活動など幅広く活動。ライフワークとして、女性と子どもなどをテーマにした取材も続ける。2人の娘の母。