「口うるさく言う」ことが尊厳と命を守る。谷口真由美さん講演会vol.2

「妊産婦を尊重したケア:産婦が普遍的にもつ権利」憲章の日本語訳にあたり、法律、人権の専門家として携わった谷口真由美氏の講演会(オンライン)が開催されました。Vo.2では、人の尊厳や命を守るため、「声をあげる」ことの大切さや難しさを中心にお届けします。

最後に穴をふさぐために

谷口さん: 医療業界は、医師は男性が、看護師・助産師・薬剤師は女性が多いので、男性と女性の社会的構造がそのまま持ち込まれやすいと思います。そうなると、看護師さんや助産師さんは、ドクターに言いたいことがあっても言いにくい環境かもしれません。そんな時に「妊産婦を尊重したケア:産婦が普遍的にもつ権利」憲章があったら、「ここに書いてますよ」と指し示すことができます。

要は、「おかしいと思った時に、発言できる」ということが大事なんです。

ある航空会社では、はじめて飛行機に乗るCAであっても、なにか「おかしい」と気がついたことがあれば、迷わずパイロットに伝えるためにマニュアルをつくったのだそうです。経験や自信がなくても、マニュアルがあれば「ここに該当しています」と自信をもって言うことができますよね。

穴の空いたチーズを10枚重ねて、穴の位置がたまたま重なったとします。すると、竹串がするっと落ちてしまう。重大事故が起きるときって、まさにそういうものなのです。たった1枚でも、穴が重ならなければ、竹串が止まるように、事故を防ぐことができます。この最後の1枚として、穴をふさぐ人になれるかどうかが大事なんです。
医療の現場でも、「なにかおかしいな」と思った時は、最後の一人になって止めなくちゃいけない状況があると思います。そのときのために、誰もが納得するような材料が必要になるわけです。

「妊産婦を尊重したケア:産婦が普遍的にもつ権利」憲章の話を最初に伺ったとき、これは10枚目の穴をふさぐ材料になると思いました。問題が起こっていないときは、意識しなくていいんです。でも、なにか起きたときには、最後の拠り所になる。「おかしい」と言いづらい人、とりわけ弱い立場にいる人たちが可視化されることが、大事だと思います。

口うるさく言っていい

「こんな憲章があったら、口うるさい人がたくさん出てくるんじゃないか」と言われたら、むしろ、「そういう人をつくるためのものです」と言っていいと思います。実際に憲章をもとに意見を言う妊産婦さんがいたら、「この人はなにか辛いことがあるのかもしれない」と考えてみてください。憲章がそういった気づきのポイントになればいいと思います。

そもそも、妊産婦さんは口うるさく主張していいんです。人によって、痛みも快適さも十人十色ですから。「妊娠・出産は病気じゃないから、そんなに大変じゃない」と安産だった人に言われても、「わたしは違う」と言えばいいんです。何事もなく妊娠・出産を体験した人が、自分の経験だけで「大丈夫」と語るのではなく、「この人はわたしとは違うかもしれない」ということに気づくことが大事なんです。

自分軸ではなく、相手軸で判断する

日本ではよく「 “ 自分 ” がされたら嫌なことは他人にしたらだめ」と習いますが、本当は「 “ 相手 ” がされたら嫌なことをしたらだめ」なんです。自分軸ではなく、相手軸で判断するということ。ですが、嫌だと率直に言える人は少ないですし、ましてや妊産婦さんの立場からは言いづらいと思います。

「みんなと仲良く」も子どもの頃からよく聞くフレーズですが、嫌いな相手でも尊厳を認め合うのが人権です。つまり、好き嫌いとは分けて考える必要があるし、自分が尊重されたいなら相手も尊重しなくてはいけないということ。たとえ嫌いな人でも、その人が不当な扱いを受けている時に不当だと言えるかどうかが大事なんです。

自分軸で判断してしまわないために、今回の憲章のようなスタンダードをつくることが重要です。今活躍している女性が、「自分の能力だけで生きてきたから、女性の権利なんて必要ない」と思ったとしても、「あなたはそうかもしれないけど、そうじゃない人がたくさんいる」と理解するために、言語化することは大事だと思います。

そして、他人から大事にされた経験がないと、なかなか他人を大事にはできないですよね。子育ても同じです。もし、家族に大事にされていなくても、他の人に大事にされた経験があれば大丈夫。今まで誰にも大事にされたことがない妊産婦さんがいたとして、助産師さんや看護師さんがすごく大事にしてくれたら、その後の人生をより良く生きていけると思います。そういった関わりができるよう、医療関係者がこの憲章を読んで、自分をアップデートし続けるのは大事なことです。

誰かのために声をあげることも

講演の後は、ご参加者と谷口さんとの質疑応答がありました。

質問: 出産施設において、コロナ陽性反応が出たお母さんと赤ちゃんが会えない状況が続いています。誰と一緒に過ごすかを決めることは、本人の権利のはずなのに、助産師はその状況を黙って見ているしかありません。「公共のために我慢してくださいね」という今の状態を、どう考えたらいいでしょうか。

谷口さん: すごくわかります。「みんなも大変な時だから我慢しよう」と強要されている時に、自分の権利を主張することは、わがままに捉えられがちです。有事の時にはどうしても声があげにくいので、平時に対応を考えておくことが大事です。そして、妊産婦さんに「言いたいことを言っていいよ、大変でしょう?」と気持ちを話せるように促す必要もあります。医療従事者が妊産婦さんの気持ちを一人で受け止めるのは大変なので、こういう場で集まって話したり、他の人に支えてもらうことも大切だと思います。

質問: 谷口さんご自身は、どうやって「おかしい」と感じた時に声をあげられるようになりましたか?

谷口さん: 小さい頃から、「おかしい」と思ったことを言っても両親に止められなかったのが大きかったと思います。また、大きくなって勉強すればするほど、それを社会に還元する責務があると思うようになりました。わたしより大変な人がいて、その人の声を誰かに届ける役割はできそうだと思いました。

特に女性は「自分以外の人のためにできることがあれば考えてみて」と言われると、動きだせる人が多いと思います。「後ろに続く若い女性のために」という考え方なら、声をあげられる人は増えるのではないでしょうか。

 

谷口 真由美(たにぐち まゆみ)さん
大阪芸術大学客員准教授。専門分野は、国際人権法、ジェンダー法、日本国憲法。大阪大学での楽しく工夫された講義は名物となり、大阪大学共通教育賞を4度受賞。新聞、TV、ラジオのコメンテーターとしても活躍。

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ライター / 八田 吏

株式会社 元中学校国語教師。産後ケアの普及に取り組むNPO法人にて冊子の執筆編集に携わったことをきっかけにライター、編集者として活動開始。小学生・中学生の男児、夫と4人暮らし。