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JOURNAL

ママに寄り添う「産後ドゥーラ」の現在とこれからvol.2 力になりたい、その気持ちがあればドゥーラとしての道は開ける

2021.07.09

「産後ドゥーラ」の働き方や仕事への熱意をお伝えしているこちらのシリーズインタビュー。前回、このコロナ禍にあって、「産後ドゥーラ」という仕事への需要は増えつつあることなど、興味深い事象をご紹介させていただきました。産後ママを取り巻く環境の変化や、それに伴うこの仕事への可能性に興味を持った方も多いのではないでしょうか?
第2回目となる今回は、引き続き先輩ドゥーラとして活躍する有福香織さんと、ひらつかけいこさんに、この仕事を始めたきっかけ、仕事として成立させるまでの道のりについて詳しく伺っていきたいと思います。

ママの力になりたい、その気持ちがあったから「産後ドゥーラ」を仕事に

界外:お2人が「産後ドゥーラ」になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

ひらつかさん:私はもともと自分の子育てで悩み、試行錯誤する中で、長男と一緒に発達センター(杉並区の療育施設)で心理指導を受けたり、家庭支援学を学んだり、様々な講座を受けるなど、子育て支援に携わってきました。これらを何らかの形で仕事にすることはできないだろうかと10年くらい模索していたところ、「産後ドゥーラ」がママを心身両面からサポートする仕事であると知り、また身近な知り合いが「産後ドゥーラ」の資格を取ったという話を耳にして、もしかしてこれかも? と思ったのがきっかけです。
とはいえ、資格取得にはまとまった金額の受講料がかかります。シングルマザーであり、その当時の経済状況を考えると、資格を取ったとしても「産後ドゥーラ」として食べていけるのかの不安もあり、正直迷っていました。

界外:決断を促したのは何だったのでしょうか?

ひらつかさん:「産後ドゥーラ」として働く有福さんの記事を読んだのです。この方がやっている仕事なら、と! いつもその雑誌を読んでいたわけではなかったので、何かのめぐり合わせだと。とにかく会ってお話を聞いてみたいと思いました。ただ資格講座の申し込みの締め切りが目前に迫っていて…。今は仕事があり収入はあるのだし、これまで興味を持って受講してきた講座同様、勉強だけはしてみよう、と自分で自分を納得させる形で、思い切りました。(笑)

界外:このことを有福さんはご存じでしたか?

有福さん:はい。何しろひらつかさんが「産後ドゥーラ」として働き始める直前にご連絡をいただいて。ちょうど原宿のお宅のサポートの前だったので、カフェで待ち合わせしてお話をしました。「お会いしたかった! これから私も産後ドゥーラとして働いていこうとしているんです」と。

界外:講座を修了してから会いに行ったのですね。

有福さん:今でも思い出します。熱く語るひらつかさんを(笑)


(写真)ドゥーラ講習会での有福さんの様子。

「産後ドゥーラ」の誕生をいちばん望んでいたのは自分

界外:次は有福さんのきっかけをお聞きします。まだ、日本に「産後ドゥーラ」が生まれていなかった中、1期生として養成講座に臨んだのですね?

有福さん:当時を振り返ると、自分でも思い切ったなと思います(笑)。私が次女を生んだのは、3.11の東日本大震災が起きた2011年のことでした。妊娠7ヶ月の時に東日本大震災がおき、その翌々日から広島の実家に長女を連れて避難し、その後産後4ヶ月まで実家で過ごしました。とはいえ父は他界しているし、母も仕事をしていたので、私が母の負担になっている気がして辛かったです。今もその頃のことを思い出すと涙が出そうになりますが、母には本当に感謝しています。実家から戻ってきた後、とにかく体調を崩しがちで、喘息は頻発するし乳腺炎はひどくなる一方…、夫は産前産後と別々に暮らしていた時間が長かったためか次女の出産がどこか人ごと。仕事の調整も産後すぐではないので難しかったのか、ほぼ1人で育児していました。なんでこんなつらい思いをして子育てをしているんだろうと。上の子も家にいて、赤ちゃんもいて…。軽い産後うつのような状態も経験しました。

どうやって立ち直ったのか、今ではよく覚えていませんが、普通の暮らしに戻りつつあった頃のことでした。たまたま訪れたアースデイのイベントで配られていた「産後ドゥーラ」のチラシを見て、なんだこれは! と。チラシには『おっぱい以外の子育ては誰かに手伝ってもらおう』と書いてありました。こういう仕事があるならやってみたい! と。まるでそのチラシに雷が落ちたかのような感じでした。

夫が「やってみたら」と応援してくれたことも嬉しかったです。当時、夫は仕事優先で育児にはほぼノータッチ。妻であるわたしのイライラをもろに受けていました。もしかすると夫自身も産後ドゥーラのような存在の必要性を実感していたのかもしれません。

界外:お話を聞いていると、もともと興味があった分野とはいえ、お2人ともしっかり下調べをして見極めたというより、偶然出会ったものに、あ、これだ! と感覚的に飛び込んだところが共通していますね。

有福さん:確かに(笑)。「産後ドゥーラ」になって9年目になりますが、これをやってみたい! とあれほど気持ちが動かされた経験は他にありません。やはり「産後ドゥーラ」との出会いはすごいことだったのだと思います。

界外:ご自身もまだまだ大変だった時に、資格を取って新しい仕事をしようと思うのはよほどのことですね。

有福さん:はい。果たして自分にできるのだろうかという不安もあったのですが、それ以上に、やってみたい! という気持ちの方が強くて。

(写真)切ってあえるだけ、切ってゆでるだけのシンプルさが喜ばれることも。

一筋縄ではいかない「産後ドゥーラ」への道

界外:当時、養成講座を受けた有福さんたち第一期生は、講座を修了しても明確に働くイメージが描けなかった頃ですよね。働き方や対価など、協会側と受講生が1つ1つ話し合って、決めていましたよね。

有福さん:そうそう! 時給もいくらになるのかわからないし、交通費はどうするのか、それこそ保険も! 「産後ドゥーラ」は個人事業主となるので、保険がないと働けないから作ってくださいとか、まさにそこからでした。本当に何もないところから始めて、それぞれのドゥーラの活動が評価されてここまで広がっていったので、やはり必要とされていたのだな、という嬉しい気持ちでいっぱいです。

界外:9年の時を経て改めて客観視する「産後ドゥーラ」は、当初の予想を超える存在に成長していたと。社会の流れも追い風にもなったのだと思います。

有福さん:9年間続けてきてよかったなと思います。自分の産後に「産後ドゥーラ」がいてくれたらどんなにかよかっただろう、とも。

界外:ひらつかさんにお話しを戻します。養成講座を修了して、仕事を始めるまでのことを教えてください。

ひらつかさん:はい。「産後ドゥーラ」は養成講座を修了しても、すぐに仕事に結び付くわけではないので、そこは厳しいですよね。その時やっていた仕事は、シフトで希望を取り入れてくれる働き方だったため、空いている日に「産後ドゥーラ」を始めてみようと思いました。

界外:なるほど。副業的に始めたわけですね。

ひらつかさん:当初は「産後ドゥーラ」として週に2日働けたらいいな、と思っていたところ、養成講座の先生から「例えば火曜と木曜は働くと決めたら、そこに仕事を入れるんです」と。仕事が入るのを待つ受け身の姿勢ではなく、自分から仕事を取りに行く姿勢が肝心なのかなと。まずは自分のサイトを立ち上げ、自己プロフィールから、今までの自分の経験や学んできたことなど、人となりがわかるよう工夫して作成しました。色々な方に見ていただけるといいなと。
その一方で先輩ドゥーラの方にお願いして、お仕事に同行、アシスタントとして現場の様子を拝見させていただきました。先輩ドゥーラのお仕事に同行させていただくのも、お伺いするお宅があってこそ。アシスタントとして適切に行動できるよう気を配り、この機会に先輩から学べることは何でも吸収させていただこう! と。

界外:待っていれば、仕事が入ってくるわけではないのですね。

ひらつかさん:はい。ただ気持ちはとても前向きで、同行させていただいたお宅で、生後間もないホヤホヤの赤ちゃんを抱っこしただけで元気をもらいましたし、たとえ一歩ずつでも前進できるだけでうれしかったです。自分も子どもが小さかったころの苦労した経験などを思いだし、ママをサポートできるこの仕事に就けた喜びを感じました。

界外:そこから、徐々に依頼が入ってきたのですか?

ひらつかさん:はい、本当に少しずつですが。その中でも私の場合、ある作家さんのお宅に伺ったことが大きなきっかけになりました。
最初は週に1回からの依頼で、それが週に2回となり、週3になり、保育園入園前の数か月間は毎日サポートにお伺いしていました。作家さんのお仕事の多忙さやご事情と重なったこともありますが、自分が入ることで、家事や育児で疲弊することなくお仕事をしていただきたい!と毎日仕事に燃え、やりがいも感じました。多分この時に「産後ドゥーラ」を生業にしていこうと心を決めたように思います。

界外:「産後ドゥーラ」一本でいくと決めたのは、仕事を始めてどのくらいたったころでしたか?

ひらつかさん:だいたい半年くらいでそう思って、実際に一本に絞ったのは1年程たってからでしょうか。前の会社の場所がちょうど移転する話が出たこともあり、経済的な面では、まだまだ不安もありましたが、より多くご依頼をいただいて働けるようになれば、何とかやっていけるだろうと。
あとは私の性格として、決まっている業務を決められたとおりに行う仕事ではなく、お客様や相手のニーズを自分から探すとか、自分が良いと思ったことをご提案して喜んでいただけることにやりがいを感じています。

界外:もともとの性格が会社員より個人事業主向きだったということでしょうか。「産後ドゥーラ」の水が合っていたともいえますね。

有福さん:ひらつかさんならでは! 私はそこまで革命児的なタイプではないかも。(笑)

界外:世の中がそういうタイプの人ばかりだったら、それはそれで会社や社会が回っていきませんから。(笑)

お2人の「産後ドゥーラ」への道のり、なかなか波乱万丈でしたが、最終回となる次回は、うれしかったエピソード、失敗談、仕事をしていくうえで何を大切にしているか、そしてこれから目指すものについて、お伝えする予定です。どんなお話が展開されるか、お楽しみに!

(シリーズインタビュー「ママに寄り添う産後ドゥーラの現在とこれから」次回公開予定は7月16日)

 


有福香織(ありふくかおり)さん
1975年生まれ。広島県出身。大学卒業後、結婚。アパレル会社での仕事に携わったのち、2度の出産を経る。その際、ココロも身体もボロボロだった自分こそ「産後ドゥーラ」が欲しかった! と。その気持ちを胸に2012年「産後ドゥーラ」第一期生として、仕事を開始。


ひらつかけいこさん
1976年杉並区生まれ。特許庁に勤務していた時に25歳で1人目を出産。ほぼ年子で2人目を出産する。産後の生活の大変さを知らずに無理をした経験、シングルマザーの経験から、仕事をしているママ、目標に向かって頑張るママの力になりたいと「産後ドゥーラ」になる。2児の母。

インタビュアー 界外亜由美(かいげあゆみ)
産前産後の女性とサポーターをつなぐ『MotherRing』主宰。やさしさが循環する社会づくりを目指して活動している。「言葉」で伝える制作会社『mugichocolate』代表取締役。

ライター 咲奈(さきな)
出版社で雑誌・書籍の編集を経て、いろいろなもの、こととつながりたいとの思いからライターを志す。ヨガをはじめとしたボディワークが日課。

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