みなさんは、毎日の子育てを楽しんでいますか。喜びを感じるひとときもあれば、ふと「こんな時、どうしたらいいの?」「これって、このやり方でいいの?」と、迷いが出てくることもあるのではないでしょうか。運動発達の専門家である理学療法士・得原藍さんによる、楽しみながら子どもの育ちをうながす親子の関わり方のコツを教わる連載です。
妊娠中の体には大きな変化が起きる
妊娠・出産は病気じゃない、という言葉をどこかで聞いたことがありますか。産前や産後の女性を励ますために「大丈夫だよ!」という気持ちで声をかけてくださる方もいらっしゃるのだと思います。
たしかに、妊娠・出産は「病(やまい)」ではありません。けれども、身体には大きな変化が起きます。お腹の中で、ひとりの人間を育てるのですから当然です。
どんな変化があるのでしょうか。くわしく見ていきましょう。
妊娠中1.4倍に増える血液量が、血圧や内臓にも影響
たとえば、妊婦さんの血液の量は、妊娠30週前後には妊娠前の1.4倍にもなります。心臓から1分間に押し出される血液の総量を心拍出量と呼びますが、こちらも最大で1.5倍ほどになります。
それに合わせて、血圧が変化し、血流に大きく関わっている腎臓の機能も活発に働き始めます。。子宮の容積が大きくなっていき、、横隔膜が持ち上がって肺を圧迫するので、呼吸の余力も減ってきます。胃も下から押されるので、胃液の逆流なども起こりやすくなると言われています。血液の成分の割合も変化し、それに伴ってむくみやすくなるなど、多くの妊婦さんが感じるマイナートラブルの裏側には、身体の中の様々な変化が隠れているのです。
お腹の重さが母体に与える影響は?
また、妊娠中に腰痛や股関節痛、骨盤周りの痛みなどの不調が出てくることもあります。
まず、お腹が重くなって前方に突き出してくると、支えるために姿勢が変化します。また、大きくなった子が内側から骨盤や肋骨を圧迫するようになります。さらに、体幹部を支えるため、股関節の使い方が変化します。
よく、配偶者やパートナーの妊婦体験で身体の外側におもりを装着するものがありますが、それとは全く違う身体の構造の変化が起きています。
こうした身体の変化が要因となり、妊娠期の痛みや不調につながっているのです。
身体はゆっくり変化し、ゆっくり元に戻る
さて、今日のこの記事のテーマは「産後1ヶ月でするべきお母さんの身体のケア」ですが、そのお話の前に妊娠中の変化についてお話したのには理由があります。
産後のお母さんたちは、これまで10ヶ月かけてお腹の中で子どもを育てるために変化してきた身体を、今度は育児のための仕様に変化させていかなければならなくなります。
ひとつ忘れないでいただきたいのは、身体は突然変化するわけではない、ということです。
4割増した血液は突然もとの量に戻ったりはしませんし、内側から押されて伸ばされてきた筋肉などの組織の回復にも時間がかかります。帝王切開や会陰切開などをした場合は、切開した部分の回復も待たなければなりません。さらにその回復についても、寝不足になったり母乳を作り出したりする育児生活の中での回復ですから、時間がかかります。
産後1ヶ月は身体の回復に努めよう
まずは最初の1ヶ月、赤ちゃんの命を支えるための時間以外は、自分の身体の回復に努めてください。授乳や排泄の世話の隙間時間に、できるだけ寝ましょう。そして身体を回復させるための十分な食事をとりましょう。周囲に手助けしてくれる人がいれば、できるだけ頼りましょう。自分の身体を大切にすることが、結果的に赤ちゃんの育ちを支えることにつながります。
産後の身体をいたわる休息のしかた
できるだけよく寝てよく食べてほしい産後1ヶ月ですが、この1ヶ月で行ってほしい休息姿勢と授乳姿勢があります。まずは休息姿勢からご紹介します。
<産後すぐからできる休息姿勢>
床に寝転がることができる場所と椅子を用意します。
椅子の高さは40センチくらい、ソファの座面や、積み重ねたクッションなどでもかまいません。
膝から下を座面に乗せて、股関節が90度に曲がる角度で寝転びましょう。
お腹に手をあてて、ゆっくり大きく深呼吸をします。そのとき、息を吐きながら肋骨を床に向かって下げていくように意識します。(背中と床の間の隙間が小さくなるはずです。背中を反らないようにしましょう。)
1回5分、1日に何度でもできる範囲で行いましょう。目を閉じてゆっくり呼吸しましょう。
余裕があれば、5分間のこの姿勢のあと、椅子から脚を下ろして左右にゴロゴロ寝返りしましょう。腕を万歳するように上げて寝返りすると、肩周りも少しスッキリします。
起き上がっている時間にどうしてもむくんでしまう下肢をスッキリさせ、血流をよくする効果があります。また、深呼吸は妊娠中に内側から伸ばされた腹部まわりの筋肉を使う練習にもなります。ゆっくり息を吐くことで、寝不足で刺激されがちな交感神経の働きを休めて、副交感神経を働かせることにもつながります。
身体の回復を助ける授乳のしかた
つぎに、授乳姿勢です。疲れ具合や赤ちゃんの様子を見ながら、心身の余裕があるときにこの姿勢を試してみてください。
<産後すぐからできる、良い姿勢のための授乳方法>
しっかりした背もたれのある低めの椅子を用意します。または、低めの踏み台などを用意して、それを壁際に置きます。座面の高さは、座ったときに膝が90度より鋭角になる高さを目安にします。
しっかり奥まで座り、背中にクッションを挟みます。肋骨の下のあたりに挟みます。クッションがなければ、枕のような形に折ったバスタオルでもかまいません。
足の裏は、しっかり床につくようにしましょう。
太ももの上に、赤ちゃんを乗せるクッションを置きます。授乳クッションでもいいですし、バスタオルでも、タオルケットなどでもかまいません。高さは、赤ちゃんを乗せたときにお母さんが背中を丸めなくても、赤ちゃんの口が乳首の高さにくるように調節します。
赤ちゃんが大きくなるにつれ、必要なクッションの高さは変わります。首がすわるまで(3−4ヶ月くらいまで)を目安に、この姿勢を続けましょう。
産後、身体を支えてくれるお腹周りの筋肉が回復してくるまでは、このように良い姿勢を意識的にとる機会を増やすことが大切です。妊娠中、大きくなったお腹に合わせるようにバランスをとってきた姿勢の記憶が、お母さんの脳と身体には染み付いています。正しい姿勢を脳と身体に思い出してもらわなければなりません。夜間授乳もありますから、毎回は難しいと思いますが、日中の授乳ではこの姿勢にトライしてみてください。帝王切開の傷にも負担が小さいですし、正しい姿勢は骨盤底筋の回復にも重要です。
参考資料
道方香織,池ノ上克『産科疾患の診断・治療・管理』日本産婦人科学会誌、2007
得原 藍
理学療法士。大学卒業後、会社員を経て理学療法士の資格を取得。病院勤務を経てバイオメカニクス(生体力学)の分野で修士号を取得。これまでの知識や経験を生かし、現在は運動指導者の育成、大学の非常勤講師などを務める。また、子育て支援団体との協働で運動発達に関する相談を受けたり、外あそび活動などを行っている。6歳男児の母。
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