2017年7月、第一子を出産した作家の西加奈子さん。産後2か月目に仕事復帰してから、2018年に小説『おまじない』を発表したほか、テレビやラジオなど多方面で活躍されている西さんですが、産後は「今までの人生で一番しんどい時期だった」と振り返ります。産後に自宅に訪問してサポートしてくれる「産後ドゥーラ」として活躍するひらつかけいこさんと、どんなふうに産後を乗り越えたのか、また産後の女性や家族に対してどんな思いをもっているのか、おふたりに語っていただきました。
夫、実母、産後ドゥーラ。万全な態勢で迎えた産後
出産前から、「産後はすごく大変になる」と危機感を持っていたと西さんは言います。40歳で出産した西さんはいわゆる高齢出産でした。さらに、まわりにはすでに母親になっている友人が多く、産後の経験談を聞いて、産後に恐怖感すら覚えていたそうです。
西さん:私は無痛出産だったので、出産自体は怖くなかったんです。妊娠中のつわりもなくて、とてもハッピーでした。でも、そんなはずはない、これからきっと大変なことがあるだろうと思って。だからやと思います。万全な態勢で産後に臨もうと思っていました。
そんな時、友人の紹介で産後ドゥーラの存在を知ります。
西さん:その友人は誰にも頼らずしんどい産後を過ごしたそうです。そして、母親仲間の中に産後ドゥーラを頼んだ人がいて、後からその存在を知ったそうです。自分がしんどい思いをしたからこそ、私に産後ドゥーラの存在を教えてくれたんやと思います。
その後、インターネットで産後ドゥーラを検索し、ひらつかさんと出会います。「けいこさんの写真とプロフィールにひとめぼれしたんです」と西さん。「けいこさん」と親しみを込めてお名前を呼んでいる表情に、お二人の素敵な関係性を感じました。
ひらつかさん:最初、面談のためにご自宅へお伺いしたのは、2017年5月。出産する2か月前でしたね。ご夫婦で「こんにちは!」って、にこやかに出迎えてくださったのがとても印象的でした。笑顔が素敵な方だなと思いましたね。
初回の面談では、どんなサポートをしてほしいか、一つずつ丁寧にお伺いしていくとひらつかさんは言います。
ひらつかさん:食事中心のサポートか、それとも掃除中心か、または家事と育児すべてかなど。食事の好みやアレルギーの有無など、たのしいおしゃべりといった雰囲気の中でお伺いするなかで、その方が大事にされているものやその時は気づかないけれど産後に困りそうなことなどが見えてきます。だからこそ、面談では丁寧にお話を聞くようにしています。その後、具体的な産後プランを組み立てていきます。
出産前に丁寧な面談をして、無事出産を迎え、自宅に戻った後、ひらつかさんのサポートが始まったそうです。
西さん:産後1か月間は、関西から母が来てくれていたんです。夫も産後の準備を整えていたので、最初は私と夫と母の3人体制で過ごしていました。けいこさんが産後2週間目に来てくれるようになってからは、週1回、食事づくりや掃除などの家事をお願いしました。
母が実家に戻ってからはお願いする頻度が増えていきました。仕事も徐々に再開したかったので。8月から12月までは週2回、1日数時間お願いしていたのですが、翌年の1月~3月からはもう少し頻度も時間数も増やしました。食事作りや掃除、洗濯、子どものお世話などもけいこさんに助けてもらい、その頃、私たち家族はけいこさんのおいしいご飯で暮らしていたように思います。そして4月に子どもが保育園に入園してからは週1回になり、今も同じペースで保育園のお迎えをしてもらったり、一緒におしゃべりをしたりしています。仕事が入ったり疲れている時には、夜間や土日に来てもらうこともあります。
「どうぞ寝ていてください」に救われた
西さん:私は無痛出産だったのもあって、出産によって身体に大きなダメージを感じることはありませんでした。でも、それまでかなり自由に生きてきたから、産後は、自分の人生のコントローラーをすべて子どもに奪われてしまったような気持ちになっていたんです。好きな時に眠れないし、外にも出かけられない。それが本当につらかった。だから、けいこさんの「寝ていてください」の一言が本当にうれしかったんです。眠い時に寝ていいんや、ありがたいなあって。その時間がなかったら、私は心に大きなダメージを受けていたと思います。
徐々に仕事に復帰してからは、家に帰ってきたら美味しいご飯ができていて、「お帰りなさい」ってけいこさんが子どもと一緒に迎えてくれる日が増えて。すごく幸せでした。子どもが保育園に入園した今も、けいこさんの存在が私の心の支えになっています。離れて暮らす母も「ひらつかさんが来てくれているなら安心やな」と言っています。
「子どもにとって、ひらつかさんは親戚のお姉さんのような感じです」と話す西さん。ママ、パパ、じいじ、ばあば、そして毎日挨拶を交わす近所の親しい人と同じように、子どもにとって大切な人の一人になっていると言います。
西さん:子どもとの会話にもよくけいこさんのことが出ます。けいこさんの人柄もあると思いますが、子どもが生まれてからずっと近くにいてくれたことも大きいと思います。子どもは親からの影響を受けやすいですよね。だからこそ、子どもが親だけの価値観に縛られず、なるべくフリーでいられる環境にしたい。祖父母や両親、そういったわかりやすい関係だけでなく、いろいろな人と関わってほしいというのが夫婦共通の思いです。
産んだから母親になれるわけじゃない
多様な関わりのなかで子どもが育つ社会であってほしい
産後の過ごし方について、西さんは産後ドゥーラにサポートしてもらうことを選びましたが、「産前産後はプライベートなことだから」と家族以外との関わりを遠慮する家庭が多いのも現状です。夫婦だけで産後を乗り切ろうとすることが少なくありません。そういったことに対して、西さんはどう考えているのでしょうか。
西さん:産後をどう過ごすかは、一番大変な思いをする母親が中心になって決めるといいですよね。家族だけで母親が望むサポートをできるならいいけれど、そうでない場合は誰か他の人に頼ってもいい。何より、一番しんどい人の意見を聞いてあげてほしいと思います。
出産した女性にとって何よりつらいのは、産んだ瞬間から、「母親であるべき」という価値観を押し付けられることだと思うんです。これ、マッチョイムズ(「男はこうあるべき」、「女はこうあるべき」という価値観につながりやすい、男らしさやたくましさを重んじる考え方のこと)なことだと思いませんか? 例えば母乳を出すことと、痩せること。母性と女性性の両方を求められる。冷静に考えると、なんて無茶なことなんだ!?と思いますが、ごく普通に言われることですよね。
母親に求められるものが大きすぎる気がします。母親が子どもとずっと一緒にいるべき、という考え方にも疑問を持っています。私は子どものことはむちゃくちゃ愛していますが、すべてを背負っているとは思っていません。私だけでなく、いろいろな人との関わりのなかで子どもが育つ社会になればいいなと思っています。
ひらつかさん:お母さん、お父さんだけで子どもを育てることは苦しいし、無理なことだと思っています。親だけではなく、いろいろな人が関わりながら、子どもを育てられるような場があればいいなと。身体に障害をもつ方も、お年寄りも子どもも、性別も関係なく、一人の人間として、多様な価値観の中でみんなが幸せになれる環境をつくれたらと思っています。
今の子育てって、お母さん、お父さんの逃げ場がないと思うんです。子どもたちも、両親以外の関係といったらせいぜい祖父母くらい。本当は世の中にはもっといろいろな価値観があるのに。限られた人間関係の中だけで成長すると、別の角度から物事を見づらいような気がします。多様な人間関係から「こんなことをしてもいいんだ」、「こんな考え方もあるんだ」という新しい発見があれば、人はもっと幸せを感じられるようになると思うんです。
産後ドゥーラのひらつかさんと出会い、産後を乗り切った西さん。ふたりはお子さんが2歳となった今もいい関係が続いているそうです。取材中も、西さんのひらつかさんを見つめるまなざしから、その信頼関係がうかがえるようでした。産後のサポーターとして関わってくれた人と新しい人間関係を切り拓いていく。そんな経験を通して西さんは、今、これから出産を迎えようとする女性たちにどんな思いを抱いているのでしょうか。
西さん:一番しんどい思いをする母親が一番楽な方法で産後を過ごしてほしい、やっぱりこれが大事なことやと思います。ただ、私とけいこさんはお互いに気が合い、とても仲良くなりましたが、この記事を読んで「ここまで仲良くならなあかんの?」とハードルを高く感じてほしくないですね。サポーターさんとは、サービスの一つとして家事や育児をサポートしてもらうライトな関係であってもいいと思うんです。私は話し相手になってもらうことが一番ありがたかったですが、話したくない人は話さなくてもいい。サポーターさんが来る前に家の掃除をしなくてもいいし、したいならすればいい。とにかくその人が精神的に楽な方法を選べばそれでいいと思うんです。産後のサポーターさんもいろんな人がいて、多様ですから、自分に合った人を選べばいいと思います。
産後って、人生で一番しんどい時じゃないですか。そんな時に他人に気を使い過ぎる必要はないと思うんです。自分にとって楽な産後を過ごすことができれば、赤ちゃんも幸せだと思います。
プロフィール
西加奈子
1977年、イランのテヘラン生まれ。2004年、『あおい』(小学館)で小説家デビュー。2007年、『通天閣』(筑摩書房)で織田作之助賞大賞を受賞、2013年、『ふくわらい』(朝日新聞出版)で河合隼雄物語賞を受賞。2015年には『サラバ!』(小学館)で第152回直木三十五賞を受賞した。2017年、第一子を出産。著書は『i』(ポプラ社)、『おまじない』(筑摩書房)など多数。2019年3月には、2016年に発表した『まく子』(福音館)が映画化された。
NISHI KANAKO OFFICIAL WEBSITE http://www.nishikanako.com/index.html
ひらつかけいこ
1976年生まれ。特許庁に勤務後、保育園とカフェの立ち上げや運営、国際協力の組織、暗闇体験プロジェクト「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ)などに関わる。25歳で出産し、身体を休めなければならない時期に無理をした経験、理想と現実の間で悩んだ経験などをした後、「仕事をしている方や好きなことをやりたいお母さんの力になりたい」という思いを叶えるかたちで産後ドゥーラになる。得意料理は昭和の食卓に出てくるような和食。2児の母。
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